退職プチギフトに込めた思い

僕はその会社の同僚の方とは、非常に仲良くしていただいていました。その方は特に出世などには興味もなく、誰とでもざっくばらんに接することが出来るような社員のお手本のような存在でした。一見すると、その道の方と見間違えるようないかついルックスなのに話すと拍子抜けするようなタイプでした。しかも少しおとぼけキャラも入っていて、夜勤なのに何故かサングラスをかけてきていて、僕は仕事前に休憩室でテレビを見ていたのですが横に座り一言言いました。「あれ?何も映っていないな…」と素で言ってしまうような、そんなタイプの人なのです。

その彼が退職間近だと言うことを知らされたのは、僕の入社後1年ぐらいの時でした。なぜなら彼はプチギフトを持って彼に挨拶に来てくれたからです。僕は彼が結構ご高齢で、退職が近いことは知っていましたがとても驚きました。僕はこの時、直属の上司と馬が合わなくて彼に相談も乗ってもらっていたし、上司にはっきり物が言えるのもこの人ぐらいだったので頼りになる人を急に失うことになってしまいました。
でも、彼の素晴らしいところは社員一同のことを本当に大事に思っているためか、プチギフトを持って全員の所にお礼の挨拶へ回っては年齢に関係なくちゃんと頭を下げてお世話になった旨を伝えていました。ましてや大企業だったのでとても人数も多く、まわろうと思っても100人以上はいたので多分半日近くかけて挨拶まわりに行ってらしたのだと思います。

それから家に帰った僕は、その渡された手のひらほどの大きさのプチギフトを開けてみました。すると、中から文鎮が出てきました。その彼は京都出身の方なので、恐らく京都にて職人さんのような方に注文して作ったであろう、それはとても趣のある文鎮でした。そして彼は数日後には、残っていた有給休暇を全て充てがったため本来の退職日よりも早く会社を去っていきました。家のポストの中には最期の送別会への案内状が入っていて、もちろん参加させてもらいました。

本来なら本人にこういうことを聞くことはおかしいかもしれませんが、その時になぜ文鎮を選んだのか聞きました。すると、皆さんのお蔭でここまで色々積み重なって風にも揺れない一人前になることが出来ましたと言うお礼と感謝の意味が込められているということを教えてくれました。ボールペンのようなものでも良かったのかもしれないけど、そういったものは会社でもよくもらうし文鎮ならもらうこともないから、ともおっしゃっていました。

僕のような若者にさえ、他の同僚や上司と同じように接してくれた彼には心から敬服しました。今でもこの文鎮を見るとお世話になった彼と楽しく過ごした日々を思い出しさせてくれます。